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毎日、腹痛。(仮)

サラリーマンの憂鬱

4回目

このブログを親愛なる友人に捧げる。

捧げられても困ると思うけど。

 

 

 

2017年2月25日、土曜日、晴れ。

  

一週間近く前から体調を崩していた私は、この日を何とか無事に迎える為に木曜日、金曜日と仕事を休み、完全療養に入った。

インフルエンザでは無いという診察結果に一安心だったがフラフラで真っ直ぐ歩くことができず「あかん、これあかんやつや。」と二回しか行ったことの無い大阪弁が思わず溢れる絶不調ぶり。

 

二日間会社と一切の連絡を断絶し、寝て、寝て、寝た。

なんなら、寝すぎて夜寝れないやつ。

 

そして、迎えた2月25日、朝7時。

普段、スヌーズ機能はこの世に存在しない架空の機能ではなかろうかと思いこんでいる私(オフィス内で一番出社時間が遅い)も流石に一発で目が覚めて一言。

 

「あかん。これあかんやつや。」

 

なんかめちゃくちゃ下痢だし、木曜日より体調悪くなってるけどもう知らねえ。気合だ。

 

アニマル浜口先生、オラに力を。

 

朝8時すぎ、風邪特有のダルい体を引きずりながら、私は友人の結婚式へ向かった。

 

 

 

12年前の2005年2月25日、高校卒業1週間前。

朝7時過ぎに私の家に学ランを着た彼は現れた。

家が近かった。お互いの実家が歩いて15分くらいの場所だった。

 

登校前に私の部屋でVHSに録画したYUKIのJOYのPVをテレビデオからリピートに次ぐリピート再生。

このテレビデオ、後に文化祭のファッションショーや私も参加したライブを記録した青春が詰まった大切なビデオを詰まらせたままそっと息を引き取った。(誰か同じビデオ持ってたらください)

 

YUKI様のあまりの可愛さに悶絶する童貞男子高校生2名は、早朝から雄叫びを上げた後、PVのダンスを無言で汗だくになりながらクネクネと踊りきり、登校するために最寄駅へ向かった。

絵にも描きたくないクソみたいな高校生活。

最低で最高な何も無い日常。彼はそこにいた。

 

そんな彼が本日、新郎として、漆黒の学ランでは無く純白のタキシードを着て私たちの前に現れるという。

 

 

 

もう少し思い出を振り返ろう。

 

彼と出会った瞬間の記憶は皆無だ。

一体最初にどんな言葉を交わしたのか、どんな出来事だったのか、何も覚えていない。

覚えていたら教えて欲しい。

 

気付いた時には隣にいた。 いや、授業中に私の後ろで漫画「はじめの一歩」を哲学書を読みふけるが如く神妙な顏で熟読していた。

読唇術よろしく、その口元にフォーカスを当ててしばらく観察したところ、声は出さずとも「デンプシーロール」という単語を呟き続けていたのを覚えている。

先生の話聞け、バカ。

 

高校2年の時に同じクラスになった。

恐らく初対面はここだ。自信はないけど多分ここだろ。ここにしとくわ。

クラス替えの初日、女子と気さくに会話を交わす姿に「あ、この人とは絶対仲良くなれない。鎖国します。」と唇を噛みしめた記憶だけは残っている。

 

彼は吹奏楽部に入っていた。

女子が多数を占める大所帯の部活であり、あのアイドル顏である。

廊下を歩けば後輩からキャーキャー呼び止められていた。

近隣中学校の吹奏楽部と合同練習をした結果、女子中学生がその日のうちに彼のファンクラブを結成したというエピソードを人づてに聞いた時、鎖国は決定的となった。

 

同じクラスとはいえ、スクールカーストのピラミッドの中で、私と彼は確実に異なるクラスにいた。

 

 

 

ここまで書いてきたところで、記憶の片隅からずっと忘れていた映像が浮かぶ。不思議な感覚だ。

 

高校に向かう一本道の通学路。

さっきまで乗っていた赤い電車が横浜方面へ走り去っていくのを欠伸をしながら眺めていた。

 

たまたま同じ電車に乗り合わせていたらしい彼はちょうど私の前を肩を落としながら登校していた。

この頃はそんなに仲良くはないはずだ。

 

私「どうした?何かあったの?」

彼「実はさ。。。」

 

前日に起きたある出来事について彼は話し始めた。

 

彼はなぜ凹んでいたのか。

彼が何を発したのか。

それは私の記憶の中に留めておこう。

 

だが、この会話により鎖国はあっさりと解除されることとなる。

 

「 君のこと、これから”ペレ”か”エド”って呼んでも良いかな?」と腹を抱えながら笑う私を、彼は殺意を持った眼差しと共に思いきり殴りつけた。

 

この一件以来、話す機会は格段と増え、学校外でも遊ぶようになっていった。

 

 

 

蒸し暑い夏の夜。恐らく高校2年生。

当時「髪の毛だけは明るい暗い人」と思い出しただけで死にたくなる形容詞を付けられていた私は、彼に「暇だし髪の毛でも染めてみないか?」と提案した。

どんな提案だ。新人美容師か。

 

ノリノリで了解した彼(了解する方もどうかと思うぞ)を引き連れ、真夜中のコンビニで「ギャッツビーEXハイブリーチ」という強烈な効き目のブリーチ剤を購入。

 

「お前んちで染めさせてもらうわ!」とビニール袋片手に笑顔で話しかけて来た彼に対して「もう夜中だからうちは厳しいわ。」とモアイ像の如き無表情で返答し、近所の公園へと連れ出した。

 

真夜中の誰もいない公園、上半身裸となった彼の髪の毛にブリーチ剤をぶちまける。

動くと液体が零れ落ちてズボンに付いてしまうと伝えると、彼は微動だにせず案山子の様に棒立ちになっていた。

それから1分ほど経った頃だろうか。

 

彼「染まるまであとどれくらい掛かるの?んー、ん?かっ!かゆ!なんか痒い!えっ!!なんかめっちゃ痒い!」

 

突然彼は上半身を掻き毟り、叫びだした。

 

木々と雑草まみれの公園。そして、真夏。

そこは蚊の集合住宅地。

ブリーチ剤の独特な香りが相乗効果を生んだのか、大量の蚊が彼に襲いかかっていた。

 

夕暮れのようにスーっと上半身が赤く変色し悶絶する友人に、

 

「あと25分です。」

 

と敬語で待ち時間を伝えた私は、今思い出しても悪魔に取り憑かれていたのだと思う。すまん。

 

当然耐えきれず、断末魔の雄叫びを上げた彼は「もう洗い流す!無理だ!死んじゃう!」と水道へ向かって走り出した。

 

私「シャンプーあるの?」

彼「シャ、シャンプー!?」

私「ああ。水だけじゃ落ちないからシャンプー使わないと。Tシャツ着れないぞ。」

彼「シャンプーなんてねえよ!」

私「そりゃ公園だからな。」

彼「それなら、風呂貸してくれよ!」

私「親寝てるし無理だよ。」

彼「ならシャンプー持って来てくれよ!すぐそこだろ!」

私「うち、シャンプー無いんだわ。」

彼「シャンプー無い家なんてないだろ!」

私「うち、リンスインシャンプーだからさ。」

彼「リンスインでも良いだろ!」

私「リンスインで良いわけねぇだろうが!!」

彼「えええぇ、、、」

 

髪の毛に大量の液体を塗布した上裸の男子高校生(この時点で髪の毛はかなり脱色していたが伝えず)が、がっつり肩を落としながら家路に着く後ろ姿を優しく見送った。

 

別れ際、彼はしきりに「液が目に入りそうで前がよく見えないんだけど、どうしたらいいかな。」と呟き続けていたが聞こえなかったことにした。

 

遠くなっていく上裸の彼の背後からゆっくりと赤色灯を消した県警のパトカーが近づいて行く。

美しい夜の景色だった。

 

カラオケやゲームセンターファミリーレストラン

一般的な高校の遊び場はお金のない私たちには無縁の場所だった。

遊ぶとしたら公園か外で喋るか走り回るだけ。

磯野と中嶋の高校生版を想像してほしい。

 

別の日の夜、全力疾走でギャーギャー鬼ごっこを楽しんだ挙句、彼の家に疲労困憊でぶっ倒れた瞬間に玄関のチャイムが鳴った。

彼がドアを開けた時、目の前にいたのも県警の皆様だった。(鬼ごっこで通報という警察も困惑する事案が発生)

県警に愛される男なのだ。

 

 

 

印象深い思い出はやはり、富士登山だろう。

登山当日、台風が関東地方に接近していたが富士山を避けるように通過する予報だった。

 

小雨降る中、登山を開始した。

順調だった。

6合目で彼は至福の表情を浮かべながら山小屋価格のカップラーメンを食べていた。

 

彼「くぅー!生き返るぅー!」

私「そんなん食べて余裕あるな、お前。」

 

美味い!生き返る!と叫び続ける彼から手渡されたカップラーメンを私は口にせず返した。

 

雨にもかかわらず周囲には大勢の登山客がいた。

ヘッドライトの光が一つの道のように連なっていた。

だが、登り進めるうちに次第に周りには誰もいなくなり、強まる雨の影響か私のヘッドライトの光は消えて周囲は闇に包まれた。

 

台風直撃、富士山、7合目。

そこに私と彼はいた。

暴風雨、視界ゼロ。歩くことも困難で強風が体をなぎ倒す。

 

私たちはあっさりと遭難した。

厳密にはやっとの思いで人がいるところまで辿り着き、山小屋の目の前で「自己責任」と避難を断られた20人ほどの集団の中にいた。

目の前のガラス扉の向こうには温かい暖炉で体を温めている登山客がいた。

その光景を横殴りの暴風雨にボコボコにされながらただ眺めるしかなかった。

 

初登山の我々が防水加工の登山服など持ち合わせているわけもなく、全身は着衣水泳後の様にびしょ濡れの状態だった。

「富士山噴火した?」と勘違いするほど全身がガタガタと震えていく。

避難しようにも、どこにも屋根は無い。

 

正直、本当に死を悟った。

話を盛ってるわけではなく、あまりの寒さと体の震えに呼吸が上手くできなくなっていた。

 

焦っていた。軽くパニックを引き起こした後「こうやって人は死んでくんだなぁ」と頭の中は嫌なまでに冷静になっていった。

諦めの感情に包まれた時、全身の感覚はもう無かった。

 

もうダメだと目線を落とすと、そこには四つん這いになり、生まれたての子鹿のように立ち上がることができないまま、白目で昇天しかけている彼がいた。

 

数時間前に「くぅー!生き返るぅー!」とカップラーメン片手に叫んでいた奴が目の前で「完全に死にかけてる」のである。

 

思わず笑った。その激しすぎる落差に笑うしかなかった。

 

気温5℃。

もう4、5時間この台風の中にいる。

何とか雨を凌がないと、体を温めないと、俺たちは死ぬ。

 

暗闇を彷徨い広めの公衆トイレを見つけた。

雨風を防げるそのトイレの中には3人の屈強な外国人が床に倒れ、家族連れや学生など10人前後の登山客が肩を寄せ合い震えていた。

 

ずぶ濡れの人が密集して出来た湿気と悪臭と見たこともない虫に囲まれながら数時間立ち続け朝を迎えた。生き抜いた。

 

公衆トイレから出ると台風は通過していた。

雨上がり、霧に囲まれた世界。

予約していた山小屋は霧の隙間から確認できるほどすぐそこに鎮座していた。

 

私「あそこまで行けば休めるから、あと少し頑張ろう」

 

そう呟いて隣にいた彼を見て驚いた。

私の隣には彼ではなく、見知らぬおじいちゃんが立っていた。

 

私「どこ行った!知らないおじいちゃんしかいないじゃないか!」

彼「おじいちゃんじゃない、、、俺だ。」

 

何とトイレから外に出た瞬間に彼は高山病を発症。

数時間も高度の変化無し。なぜこの瞬間に発症する。構ってちゃんか。

 

強烈な頭痛と吐き気により、彼の顔は歪み、シワまみれに変形していた。

脚色無しで「おじいちゃん」に変身していた。

 

彼「絶対カップラーメンのせいだ、、、吐気が止まらない。」

私「お前本当にここで息の根止めてやろうか。」

 

雨上がりの富士山、8合目。

予約済みの山小屋を目前にして登頂を断念。

何とか生き延びて生を実感した直後、高山病で歩けない彼を担ぎながら即下山スタートという地獄のような展開に。

 

彼「ちょっと止まってくれ。吐きそうだ。」

私「腹減った。牛丼食べたい。」

彼「頼む。食べ物の話はやめてくれ。。。」

私「ラーメンでも良いな。」

彼「やめて、、、」

私「油多めで。」

彼「おええええ!!」

 

カップラーメンに救われ、カップラーメンに裏切られた愚かな男。

その男に登山を断念させられ、休む間も無く下山させられる私。

 

怒りのあまり彼を精神的に追い詰める「食べ物縛り」のトークを念仏の様に耳元で囁きながら下山した。

「マヨネーズ」という単語と共に彼は膝から崩れ落ちた。

 

高山病は高度が下がるにつれて症状が嘘のように和らぐようで、彼は5合目に近づいた頃一人で歩けるほど体力を取り戻し、なぜか登山客の財布の落し物を率先して交番に届けるという善行を行い、下山直後にカレーライスを大盛りで注文する始末。

 

彼「いやぁ、カレー最高に美味いわ。生き返るわぁ。」

私「お前、一生許さねぇからな。」 

 

私は今も富士山を登頂出来ていない。

彼は昨年、他の友人を引き連れ富士山を無事登頂し、頂上での写真をSNSにこれでもかとアップロード。

 

なんだろう、この感情。

皆さん、分かりますかね、この感情。

 

遭難時、もう一人の友人がいたのだが、それはその友人が結婚した時に振り返ろうと思う。

 

 

 

こんな最低な出来事を思い出し、おもわず吹き出しそうになりながら、電車に揺られていた。

彼が好きだった銀杏BOYZのNO FUTURE NO CRYをBGMに。

 

 

式場に着き、受付の役目を果たす。

懐かしい友人が大集結し、挙式は始まった。

 

 

 

ケツ毛だけ異常なまでに濃い奴だった。

ラーメン屋でサイドメニューしか頼めないくらい金が無い奴だった。

誰かのアウトプットを、さも自分が発信したように真似する奴だった。

ケンカしたことも無いのに決闘しようとする奴だった。

バイト先の古本屋で最高に暗いアンビエントミュージックを流す奴だった。
管楽器リペア科という謎の科に入学する奴だった。

女に振られて雨の中、運転席で泣く奴だった。

中古レコード屋に行きすぎて破産する奴だった。

凹んでる人間をニヤニヤしながら励ます奴だった。

呼んだらすぐに駆けつけてくれる奴だった。

そして、何よりも優しい奴だった。

 

 

結婚式、人生の大舞台。

大勢の友人が彼を見守っている。

カルテットの演奏、吹き抜けから見える青すぎる空、旧友たちの嬉しそうな顔。

 

幸せ溢れる空間に純白のタキシードを着た彼はゆっくりとバージンロードを歩いて現れた。

彼の表情を見て、込み上げる感情を堪えきれずに思わず呟いてしまった。

 

 

 

「あいつ、富士山で高山病になった時と同じ顔じゃねぇか。」

 

 

 

極度の緊張から歪むその表情は、あの日と同じ顔をしていた。

ただ、ぎこちない笑顔だけはあの日とは違って喜びに溢れていた。

 

その後、式は祝福に包まれながら進み、牧師による「それでは、みなさま。瞳を閉じて新郎新婦との良き思い出を振り返りましょう。」という謎のメッセージと同時に「星に願いを(オルゴールver)」がスピーカーから流れる怒涛のクライマックスに突入。

 

「なぁ、みんな。これ歯医者の待合室みたいじゃないか?」

 

私の問いかけに隣に座っていた友人が「それ以上何も喋るな!なんで演奏家いるのにCD再生なのかとか気にするな!」と耳元で答えてくれたが、みな新郎新婦との思い出をこの日記を書いた私のように振り返っていた。

私は幼少期に歯医者の待合室で流れていた銀河鉄道999を思い出していた。

 

良い式だった。

この一言に尽きる。

 

それ以外に表現できる言葉を私が知らないだけかもしれないが。

良い式だったよ。

 

二次会、三次会と彼らへの祝福は止まらず、私は寒気と鼻水が止まらず終電前に帰宅した。

家に着いた瞬間、ヘルペスとイボ痔が爆発した。

よく頑張った、俺の体。

 

 

 

二人で生きていく。

楽しいことも、嬉しいことも、辛いことも、悲しいことも、一緒に二人で生きていく。

これから一人きりではあり得なかったことが沢山起きるはずだ。

幸せな時は一緒になれて良かったと思うだろうし、悲しい時は一人きりでいればよかったと思うだろう。

彼らはその思いを一人ではなく、二人で感じ続けながら、シワだらけのおじいちゃんおばあちゃんになって行ける。そう思った。

 

結婚おめでとう。

今度、酒でも飲みながら、この続きを話そっか。