8回目
いつの頃からか覚えていない。
闘うことから目を背けてきた。
怯えながら目を瞑って来た日々。
何年間経っただろう。いや、何十年経っただろう。
薄れ行く記憶を辿って行った先に、一番古い記憶としてひっそりと、うっすらと片隅に残っているこの問題と初めて直面したのは小学生高学年の頃に行った沖縄旅行だと思う。
沖縄のあの青い海を飛行機の窓から眺めた時、この世の物とは思えない美しい光景に心の底から感動した。
正確には初めて乗る飛行機が怖すぎて、超真顔かつ無言でオーシャンビューを眺めていた。
旅先の小学生の真顔ほど怖いものは無い。
私自身、海辺の小さな街に住んでいたため海は身近で生活に密接な関係だった。
沖縄の浅瀬の透き通る水色と対照的な沖合の藍色のコントラストの比較対象として、一面ダークネイビーでデスクトップパソコンが不法投棄されている地元の海に目が慣れてしまっていたことも、感動作用として大きく働いたと推測する。
海とプールではしゃいだ夏の日。
夜は満天の星空の下、星砂を拾って。
少年は眠りに就いた。
清々しい翌朝、トイレで見た光景。
青の対となる、赤。
私は小学生にして、地主、否、痔主となった。
「なぜ少年は沖縄で痔にならなければならなかったのか。」
このタイトルで新書を出したいくらいだ。
価格880円くらいでいかがでしょうか。
さて、そこから少年は30歳のおっさんとなった現在までタイトル通り毎日腹痛の人生を送ることになる。
それと並行して少年は、大人の階段を辛うじて息切れしつつ登りながら、長い年月をかけて、望んでもいない沖縄で手に入れた小さな土地を知らぬうちに高度経済成長させ、超巨大マンモス団地(死語)の大痔主へと成り上がる。
記憶というのは曖昧なもので、次に古い記憶は高校時代まで進んでしまう。
高校卒業前、18歳という多感な時期に我が痔はビッグバンを起こした。
超新星爆発だ。
取り敢えず日本語に訳してみました。
その時まで何よりも医者嫌い、医者が怖くてしょうがない私はこの問題から目を背けていた。
その頃、思春期も爆発していた私は親とは一切口を聞かず、夕飯は一人自室で食べる生活を送っていた。
そんな時に起きたビッグバン。
いや、超新星爆発。
自分の体に何が起きたのか分からず、血まみれのトイレから出た時に、「こりゃもうあかんやつや。」と呟き、遂に超絶苦手No.1スポット「病院」へ行くことを決意した。
そして、久々に会話する親に向けてこう言った。真顔で。
「あのよぉ、肛門爆発したんだけどよぉ、、、マジで医者怖いわ。。。どうしよう。。。着いて来てくれないかな、、、母ちゃん。」
金髪高校生、肛門科に母を連れて。
久々に息子に話しかけられ喜ぶ母。
まさか第一声で肛門科に誘われるとは。
一瞬にして表情が曇る母へ。すまん。
医者までの道中、極度の緊張状態に陥る私に「私も酷い痔だったけど、ヨガやったら治ったよ。ヨガ。」と謎のアドバイスをする母。
ヨガやってるとこ一回も見たことない、、、。
そして、初めての診察。
異性とのお付き合いもしたことない童貞少年が、己のケツを看護師のおばさんにお披露目するのは、思春期の自分には耐えられなかった。
そして、診察。
悶絶、悶絶、悶絶。
変な金属を入れられて、グリグリされて。
診察後、医者から「もうこれ数年後には絶対手術することになるけど、今切る?」という絶望的な結果を告げられ、「バイトがあるので、、、店長とシフトの相談して決めても良いでしょうか。。。」と回答した。
もちろんバイトなどしていない。
帰り道、駅のホームで私は謎の胃痛に襲われてベンチから一歩も歩けなくなっていた。
母は私の背中をさすりながら、「手術するか、ヨガするか、、、」と謎の言葉を、何度も走り去る赤い電車に向けて呟いていた。
そして舞台は一気に29歳へ!
前述の病院より痔は日を増すごとに悪化したが、大量出血しても無視を決め込んでいた私は、健康診断で「ヘモグロビン値が異常なまでに低い」とのことで鉄欠乏性貧血と診断されるも華麗にスルー。
全然貧血の症状は出なかった。
念のため鉄分サプリを飲む生活が一年続いた。
そして、先週だ。
どーもフラフラする。
ソファに寝転がって立ち上がると高確率でふらつき、酷い時は視界が真っ白になる。
こんな事は今までなかった。
先月あたりから連日、ビッグバンを起こしていた。
いや、超新星爆発。
そして、華厳の滝の如く垂れ流される血の涙。
このままではヤバい。
何かを直感的に感じた。
フラフラと霞み行く視界の中、会社に辿り着くも、冒頭の一文が頭の中で繰り返される。
新しいジャンルの仕事をすることになり、うまく進まない日々にイラつきながら。
「俺はいつまで痔に怯えるんだ、、、それよりも苦痛なこの仕事はいつ終わるんだ、、、あれ、痔の手術するなら入院出来るかもしれないな、、、会社休めるんじゃねぇか!?」
私、速攻で「本日、通院のため午後休取得します」と件名を社内メールに打ち込み一斉送信。
逃げるように会社を飛び出し、肛門科の扉をオープン!
あんなに嫌だった病院も会社には勝てないのだ。
そして12年ぶりの金属をぶちこまれ、ぐりとぐら。
診察中に大量出血。
医者ドン引き。
看護師、大慌て。
そして、診察結果。
「薬出しときますね。お大事に。」
おい!手術わい!
会社休めねぇじゃねぇかよ!!
薬なんて効くわけがない。
俺は12年前に手術ドラフトで一位指名された逸材だぞ。
そして、現代の医学、医薬の進歩は想像を超えていたことを痛感する。
薬、めっちゃ効くやん、、、。
最後に診察翌日、たまたま連絡が来た母とのやりとりを載せておく。
本当にヨガやってたんかい。